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『死なんと思えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり』
・・・上杉謙信・・・


”越後の龍”、”聖将”、”軍神”。
その天才的な戦術眼から、数多くの異名を持つ戦国最強の将・上杉謙信。
1530年越後守護代・長尾為景の子として生まれ、
家督を継ぐと越後(新潟県)を統一。
領土野心を持たず、他国の秩序維持のために出兵し、数多くの合戦で勝利を収めた。
最大のライバル・武田信玄とは5度にわたって「川中島の戦い」を繰り広げた。
謙信の凄みは、その決断の潔さにある。
1561年、激戦となった4度目の「川中島の戦い」で、
謙信は侍大将を務め、あらゆる戦術を評価。
なかでも優れた策から上・中・下と分けた後、あっさりと下策を採用した。
戦上手の信玄のこと、上策は既に見破られているというのだ。
下策は川中島を踏み超え妻女山に陣を張り、
信玄の裏をかいて一撃するという危険な策だったが、
謙信は「叶わずば、潔く死ぬだけ。」と言い捨てた。
結局、この戦いで武田軍は総崩れとなり、
信玄は副将で弟の信繁ら、貴重な人材を失うことになった。
その謙信が、春日山城の壁に書いた戦争哲学が、これだ。
自らを軍神・毘沙門天の生まれ変わりと称する謙信の前にあっては、
あの織田信長ですら「案外弱い」と評される始末。
好敵手だった信玄と北条氏康は、死に際して
「自分の死後は謙信を頼ると良い」と言い残している。
 

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